『キャラクターメーカー』を読む
2008 / 05 / 01 ( Thu )
『キャラクターメーカー』大塚英志(アスキー新書)
大塚英志の本はいろいろ読んできた。
この本はマンガやライトノベルの「キャラクター」をどうやって作ればいいか、ということを理論と実践(ワークショップ)を繰り返して教えてくれる本だ。
いっぽうで、『物語の体操――みるみる小説が書ける6つのレッスン』や『キャラクター小説の作り方』などと同じように、実作の方法を示しながら、批評を示しているものでもある。
実作の練習についてはかなり具体的で、本を読む立場としても勉強になるものだ。
しかし、この本で常に考えていなければならないことは、あとがきにも書かれている、こんなことだろう。
ポストモダンなキャラクターとは「既に書かれたもののサンプリングと順列組み合わせに過ぎない」という認識で作られたものである、ということだ。
手塚治虫よりずっと前から日本ではそういう認識があった、ということを大塚は例証する。
その中に主体性や、「私」といったものを入れ込んで表現し、そのことによって逆にまっとうな表現がなされてきたのではないか、ということなのだ。
私小説などの「私」を前面に押し出す表現が、受け手にとってはうざったくなる、ということはずっと感じてきたことで、それについてきちんと理屈にしてくれている。
ワークショップではキャラクターを作るときに、いろんな「属性」を八面ダイスを振って決めていく、というやり方をしている。
おそらく「芸術」をやっている人には許せないことなのかもしれないが、芸術家はそんなに特権的なことをやっている人ではないのかもしれない。
大塚英志の本はいろいろ読んできた。
この本はマンガやライトノベルの「キャラクター」をどうやって作ればいいか、ということを理論と実践(ワークショップ)を繰り返して教えてくれる本だ。
いっぽうで、『物語の体操――みるみる小説が書ける6つのレッスン』や『キャラクター小説の作り方』などと同じように、実作の方法を示しながら、批評を示しているものでもある。
実作の練習についてはかなり具体的で、本を読む立場としても勉強になるものだ。
しかし、この本で常に考えていなければならないことは、あとがきにも書かれている、こんなことだろう。
しかし、まんが史はそのポストモダンなキャラクターの中に、ひどくモダンな「私」を代入する技術論として進化してきた側面がある。(p258)
ポストモダンなキャラクターとは「既に書かれたもののサンプリングと順列組み合わせに過ぎない」という認識で作られたものである、ということだ。
手塚治虫よりずっと前から日本ではそういう認識があった、ということを大塚は例証する。
その中に主体性や、「私」といったものを入れ込んで表現し、そのことによって逆にまっとうな表現がなされてきたのではないか、ということなのだ。
私小説などの「私」を前面に押し出す表現が、受け手にとってはうざったくなる、ということはずっと感じてきたことで、それについてきちんと理屈にしてくれている。
ワークショップではキャラクターを作るときに、いろんな「属性」を八面ダイスを振って決めていく、というやり方をしている。
おそらく「芸術」をやっている人には許せないことなのかもしれないが、芸術家はそんなに特権的なことをやっている人ではないのかもしれない。
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