『シェイクスピアのたくらみ』を読む

『シェイクスピアのたくらみ』喜志哲雄(岩波新書)
 シェイクスピアをきちんと読んだりしたことはないように思う。
『ハムレット』は読んだような気もするが、『ロミオとジュリエット』や『マクベス』といった有名どころはたぶん読んでいないし、芝居も見ていない。
 教養として知っておかなければいかんのう、と思いつつ、教養のために本を読むのもめんどくさくてそのまま来てしまった。
 この本はシェイクスピアの戯曲が、現代の世間一般で捉えられているようなものではなくて、もっと深い、あるいは別のアプローチで書かれたものだ、ということを解説している。
 だが、私はシェイクスピアの戯曲自体をきちんと知らないので、結果的にこの本は各作品の概説をしてくれるという意味で有用な本ということになった。
 いまさらながら『マクベス』は読んでみることにしよう。
シェイクスピアのたくらみ (岩波新書 新赤版 1116)シェイクスピアのたくらみ (岩波新書 新赤版 1116)
(2008/02)
喜志 哲雄

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『海に住む少女』を読んだ

『海に住む少女』シュペルヴィエル(光文社古典新訳文庫)
 シュペルヴィエルの名前を知ったのは大岡信と谷川俊太郎の『対談現代詩入門』(思潮社)の中で、若い頃の両詩人が影響を受けた、というのを読んだからだった。
 詩集を手に入れようと思ったのだけれど、絶版で、古本もとても高いから読めないと思っていたが、この短編小説集が新訳文庫で出たので読むことにした。
 訳者が「苦しまぎれに「フランス版宮沢賢治」という言葉を使ったことがある」とあとがきで記しているが、たしかに宮沢賢治に通じるものがある。
 動物が擬人的に書かれる手法、宇宙的、幻想的、宗教的な感覚。
『飼葉桶を囲む牛とロバ』は、イエス誕生の際のエピソード。イエスを守り続けて、そのまま死んでしまう牛の悲しくて美しい話。この一篇だけでも読んだ甲斐があった。

 小説を引用しづらいので、あとがきに載っていた『動き』という詩を引用しておく。
 だいたいこんな感じの小説です。
 詩集を図書館で借りようかな。


動き

ふりかえった馬は これまで
誰も見たことのないものを見た
そして、再び草を食べ始めた
ユーカリの木のしたで

それは人でも樹木でもなく
牝馬でもない
木の葉をゆらしていた風の
なごりでもない

それは 二万世紀も前に
別の馬が見たもの
今日と同じこの時刻に
とつぜん振り向いて目にしたもの

人も馬も 魚も虫も このさき誰も
この大地がいつの日か
腕もない 足もない 頭もない
彫像の残骸に成り果てるそのときまで
もう二度と見ることのないもの


海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)
(2006/10/12)
シュペルヴィエル

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本の備忘録

『不可能性の時代』大澤真幸(岩波新書)『衆生の倫理』石川忠司(ちくま新書)
『不可能性の時代』を読んだ。
 コンパクトな新書なのだが、情報量が圧倒的で参りました。
 今回は、読んだ、と言うことだけ書いておきます。
 示唆されることが多すぎる。
 読み終わってはみたがまだきちんと理解していない、石川忠司『衆生の倫理』(ちくま新書)と同じように、今のじぶんが置かれている閉塞的な状況を打開するヒントがたくさん含まれているように思える。
 閉塞的な状況なのか、閉塞的な状況だとして、それは打開されるべきものなのか、ということも含めて。
 もう少しじっくり考えてから文章にしてみますね。
不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 (1122))不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 (1122))
(2008/04)
大沢 真幸

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衆生の倫理 (ちくま新書 716)衆生の倫理 (ちくま新書 716)
(2008/04)
石川 忠司

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『虎の尾を踏む男達』を見た

『虎の尾を踏む男達』黒澤明監督
 だいたい私は『勧進帳』をきちんと知らない。
 きちんと知るタイミングを逸してここまで来てしまった。
 私は『ドカベン』で思春期を過ごしたが、山田太郎を擁する明訓高校が初黒星を喫したのが弁慶高校という学校で、武蔵坊一馬や義経光、それに安宅やら富樫やらという脇役的選手が出てくる。
 後に『勧進帳』のさわりを聞くたびに、9回裏に里中のストレートをはじき返した安宅の顔を思い出したものである。
 で、『虎の尾を踏む男達』だが、『勧進帳』を知るのにはきっといちばんよいテキストだろう。
 ここから歌舞伎やら能を知ればよいにちがいない。
 大河内傳次郎の弁慶はかっこいい。だけど、セリフがわからないところがある。私が歌舞伎的な台詞回しを理解できていないのだ。
 何よりかっこいいのは藤田進演ずる富樫の役である。
 緊張感の中にユーモアとか余裕を忘れない男。
 すぐいっぱいいっぱいになる私としては、富樫の上品で、かつ自然な表情を思い返したいものだ。
 榎本健一もいいね。
 だけどエノケンとエノケソについてばかり考えていたりして、じぶんの馬鹿さ加減にがっかりした。
 それにしても、こういった『勧進帳』のような教養が失われてしまっていると、こういう映画は作りづらいだろうねえ。

 
 
虎の尾を踏む男達<普及版>虎の尾を踏む男達<普及版>
(2007/11/09)
服部正; 大河内傳次郎; 藤田進; 河野秋武; 森雅之; 志村喬; 小杉義男; 横尾泥海男; 岩井半四郎

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『灯台守の話』を読む

『灯台守の話』ジャネット・ウィンターソン 岸本佐知子訳(白水社)
 BSブックレビューで紹介されていて手に取った小説。
 物語についての物語。
 孤児になった少女シルバーが灯台守の老人ピューに引き取られる。
 ピューはシルバーに物語を語る。
 その物語が百年前の牧師バベル・ダークの愛をめぐる二重生活の物語。
 単純にバベル・ダークの物語だけにせずに、物語を語るしごとを持つ灯台守とシルバーのふたりを据えたところに小説としてとても奥行きが出ている。
 断章を積み重ねるようにして書かれた小説。
 文章の連なりが美しい。
 ブックレビューでいくつもの印象深い文章がある、と評されていたがまったくそのとおりで、じっくりじっくり嘗めるように小説を読み続けた。
 よいです。

 自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる。(p35)

 お話して、ピュー。
 どんな話だね?
 ハッピー・エンドの話がいいな。
 そんなものは、この世のどこにもありはせん。
 ハッピー・エンドが?
 おしまい(エンド)がさ。(p59)



 
灯台守の話灯台守の話
(2007/11)
ジャネット・ウィンターソン

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映画の備忘録

たまに夜中に起きてDVDを見てる。
ぽつりぽつり見ているのだけれど、感想を書いていなかった。
中原昌也に倣って、見たことだけは書いておこう。

『マルサの女』『マルサの女2』(伊丹十三監督)
しごと柄、会社の経理などを知っておこうと思って、見た。
いまさらだけど。
おもしろいけど、すかっと来ない。
伊丹十三の映画って、気持ち悪い気持ち悪さ。
気持ちいい気持ち悪さってあると思うんだが。
例が浮かばない。

『私の頭の中の消しゴム』(イ・ジェハン監督)
おもしろかった。
メロドラマチックと思っていたけれど、ばかにしたものではない。
主演男優のチョン・ウソンが豊川悦司と福山雅治を足したようでかっこよい。
前半は特にかっこよく、年甲斐もなく真似したくなったが、後半はいまいち。
だが、かっこよくいられなくなってしまう、ということは伝わる。

『間諜最後の日』(アルフレッド・ヒッチコック監督)
スパイ話。
むかしの映画って唐突に終わってしまう。
人生も唐突に終わるものだからいいのか。

『水の中のナイフ』(ロマン・ポランスキー監督)
素晴らしい。
登場人物は三人だけ。
夫婦とヒッチハイクの若者。
ヨットでの行動じたいがおもしろい。
三人のあいだの関係が常に変化し続ける。
海がきれい。
特に奥さん役のヨランタ・ウメッカ。
すばらしい。
音楽がジャズなんだけど、かっこいい。
マルサの女マルサの女
(2005/08/24)
宮本信子、山崎努 他

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マルサの女2マルサの女2
(2005/08/24)
宮本信子、三國連太郎 他

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私の頭の中の消しゴム私の頭の中の消しゴム
(2006/03/10)
イ・ジェハン、大島ミチル 他

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間諜最後の日間諜最後の日
(2006/12/14)
パーシー・マーモント、ロバート・ヤング 他

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水の中のナイフ水の中のナイフ
(1999/12/10)
レオン・ニエンチク、ヨランダ・ウメッカ 他

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『中原昌也作業日誌2004-2007』を読むべきである

『中原昌也作業日誌2004-2007』中原昌也(boid)
 中原昌也が雑誌に連載していた日記。
 日記といえば永井荷風の『断腸亭日乗』やら大岡昇平の『成城だより』やら高橋源一郎の『追憶の一九八九年』などを読んできた。
 特に高橋源一郎の日記はおもしろくて、なんども読み返した。
 中原昌也のこの日記は高橋源一郎も超えちゃうほどおもしろく、泣ける。

 とにかくひどすぎる生活(一般社会人から見たばあいにはね)。
 いつもお金がない。
 三島賞作家なのに。
 なぜお金がないか、というとすごい勢いでDVDやCD、それに本を買いまくっているからだと思われる。
 印税やらが口座に入金されるやいなや、ディスクユニオンやタワーレコードに行く。
 Amazonからは毎日のようにDVDやCDが届けられる。
 毎日毎日CDを聴き、映画を観る。
 食事と同じ、というよりもまるで呼吸をしているように音楽と映画がいちにちを埋め尽くしている。。
 音楽はパンクからクラシックまで聴きまくっている。
 映画はホラーからマキノ雅弘まで何でも見てる。
 すごい。
 だけど、お金がなさ過ぎて、電気がなんども止められる。
 三島賞作家なのに。
 野間文芸新人賞を獲っているのに。
 
 そのうえ、いつも鬱っぽい。
 というか、完全に鬱である。
 うまく眠れないためか、いつもいつも気分が鬱屈している。
 そして起きるのが夕方だったりすると、とても落ち込んでいる。
 つらいながらも音楽活動を行っているので、DJをしに重い荷物を担いで出かける。

それなのに、読んでいるとすがすがしい。
 なんでかな。
 本人はほとんどのばあい、前向きでは決してない。
 石田衣良らしき作家などなどと粘着的な戦いをしているし、もうだめだ、といつもため息ついているみたいな日々が続く。
 それでも、こんな決意を述べるときがある。

 CDやレコードを買いに行ったり、人と会って話したり、音楽を大きな音量で聴くときは大丈夫だが、それが終わるとまたすぐに辛くなる。しかし、その辛い時でないと小説は書けない。あくまでも、じぶんにとって不本意なやりたくないことやっているのだから仕方がない。もし、それを誉められることがあったとしても所詮は不本意なことでしかないのだから、単純に喜ぶべきことではないのだろう。むしろ、他人があざ笑っている僕の小説の破綻は、自分の人生が破綻しているに過ぎない。だからこそ、仕返しにもっと人が読んで不愉快になる小説を書かねばならない。それには自分をもっと追い詰めることになるだろうが。(2004.7.9)
 
 これって、じぶんにたいするあきらめではなくて、とってもかっこいい宣言だな。
 わたしはずいぶんぬるま湯に生きているな、と感じずにはいられない。
 ほんとうにひどい生活だけど、高貴な精神だ、と思いました。
 皮肉ではなく。
 ぜひ、落ち込んでいる方には読んでもらいたい。
 
 
 
 
 
中原昌也 作業日誌 2004→2007中原昌也 作業日誌 2004→2007
(2008/03/27)
中原 昌也

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『キャラクターメーカー』を読む

『キャラクターメーカー』大塚英志(アスキー新書)
 大塚英志の本はいろいろ読んできた。
 この本はマンガやライトノベルの「キャラクター」をどうやって作ればいいか、ということを理論と実践(ワークショップ)を繰り返して教えてくれる本だ。
 いっぽうで、『物語の体操――みるみる小説が書ける6つのレッスン』や『キャラクター小説の作り方』などと同じように、実作の方法を示しながら、批評を示しているものでもある。
 実作の練習についてはかなり具体的で、本を読む立場としても勉強になるものだ。
 しかし、この本で常に考えていなければならないことは、あとがきにも書かれている、こんなことだろう。

 しかし、まんが史はそのポストモダンなキャラクターの中に、ひどくモダンな「私」を代入する技術論として進化してきた側面がある。(p258)

 ポストモダンなキャラクターとは「既に書かれたもののサンプリングと順列組み合わせに過ぎない」という認識で作られたものである、ということだ。
 手塚治虫よりずっと前から日本ではそういう認識があった、ということを大塚は例証する。
 その中に主体性や、「私」といったものを入れ込んで表現し、そのことによって逆にまっとうな表現がなされてきたのではないか、ということなのだ。
 私小説などの「私」を前面に押し出す表現が、受け手にとってはうざったくなる、ということはずっと感じてきたことで、それについてきちんと理屈にしてくれている。
 ワークショップではキャラクターを作るときに、いろんな「属性」を八面ダイスを振って決めていく、というやり方をしている。
 おそらく「芸術」をやっている人には許せないことなのかもしれないが、芸術家はそんなに特権的なことをやっている人ではないのかもしれない。 
キャラクターメーカー―6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」 (アスキー新書 62)キャラクターメーカー―6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」 (アスキー新書 62)
(2008/04)
大塚 英志

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