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『愛の生活/森のメリュジーヌ』『ピクニック、その他の短篇』など
 短篇拾い読みはカフカから金井美恵子にまで手が伸びた。金井美恵子というと最近はうねうねとつづく文体で、事細かな描写がある種の特徴だ、と思うけれど(変なことを言うとすぐ怒られそうだが)、小説デビューの『愛の生活』などでは誰にでも読みやすい文体だった。『アカシア騎士団』とか『プラトン的恋愛』といった小説になると、文体も今のものと似てくるし、小説の内容も素朴ではなくいわば「メタ小説」、つまり小説というテキストについて言及する小説となっていて、一筋縄ではいかなくなってくる。
『ピクニック』に至ると、とても短い小説なのに、難解すぎて一度読んだだけでは構造がまったく理解できなくなる。頭が悪いんです。すみません。
 しかし、こういう仕掛け、実験がある短篇小説というのも悪くない。というより、本来こういう形式の小説が好きだったりする。単なるスケッチで、文体だけで読ませる短篇にはもちろん味があって好きだけれど、要は何かオチみたいなものがあるほうがさらに好きだな、ということである。
 金井美恵子の小説は何よりその文体が読んでいる私をあっという間にその影響下に入れてしまうところがすごいし、こわい。もうちょっと別の小説を読んで毒消しでもしなくてはいけない気がしてきます。
愛の生活 森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)愛の生活 森のメリュジーヌ (講談社文芸文庫)
(1997/08)
金井 美恵子

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ピクニック、その他の短篇 (講談社文芸文庫)ピクニック、その他の短篇 (講談社文芸文庫)
(1998/12)
金井 美恵子

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2007年12月09日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | | Top↑ |
『処女の泉』イングマール・ベルイマン監督
 宗教的であり、神話的な映画である。
 山の中で二人の男に若い娘が強姦され殺される。娘の帰りが遅いと心配する家族のもとにその犯人たち(二人に加えて一緒にいた幼い少年)が泊めてもらいたいと訪れた。男が売りたいと差し出した服は娘の着ていた絹の服で、父親は娘がこの男たちに殺されたことを知る。肉切り包丁などで男たちを殺し、少年までもたたき殺してしまう。山に捨てられていた娘を父が抱き上げると、その途端そこから水があふれ出す。
 神話なので、シンプルなあらすじである。しかし深い。
 もともと宗教的な雰囲気が映画を包み込んでいるが、父親が犯人を殺す準備をし始めるあたりから荘厳な感じが深まっていく。風呂に入って身を清めて(枝でぱしぱし身体を叩く!)、包丁を用意させ、といったひとつひとつの振る舞いが宗教的なのである。これはすごい。見ているうちに旧約聖書の世界に入り込んでいくようなのだ。父親がまた彫刻みたいな顔をしていて威厳がある。のっぺりした自分と比べるとなんという違いであろうか。
 神に、娘が殺され、自分が復讐(しかも少年までも)したのを見ていたのに、なぜ何もしてくれなかったのか、と少しだけうらみつらみを言うが、それでも神を信じる、と言い続ける父親、そして奇跡のように娘の亡骸を抱き上げた瞬間にあふれ出す泉。宗教についてうらやましく思えるのはこういう場面だが、映画は宗教以上にこういうことをリアルに描き出せるということがすばらしいのだ。
処女の泉処女の泉
(2000/04/25)
マックス・フォン・シードウ

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2007年12月09日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | 映画 | Top↑ |
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