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『夜明け前のセレスティーノ』レイナルド・アレナス 安藤哲行訳
 これは私には全く歯が立たなかった小説でした。
  とりあえず、訳者の解説から。  

  夜でも朝でもない「夜明け前」は、自我が確立し社会に組み込まれる以前の主人公=語り手(十歳くらいの男の子)の世界を示す。「ぼくのかあちゃん」「おかあちゃん」「かあちゃん」「ママ」「かあさん」と母親を呼ぶ(指す)言葉は、場面、状況によって使い分けているわけではない。また、ものが見えるか見えないかと言った「夜明け前の」時間帯はまさしく、主人公が現実と非現実との境にいることを表す。一方「井戸」は主人公ばかりか、その家族、家をも包む閉塞感の象徴となる。(p314)

『夜明け前のセレスティーノ』には読者の想像力と注意力を試すかのようなイメージとメタファーが氾濫している。それでも足りないかのように加えられる引用の多さ。(p316)

 レイナルド・アレナスは1943年7月16日、キューバのオリエンテ州の寒村に生まれ、90年12月7日、ニューヨークのマンハッタンのアパートメントで鎮痛剤を大量に飲んで自殺。寒村での幼少期、オルギンという町での思春期、59年のキューバ革命、反体制分子とにらまれて弾圧、逮捕、刑務所入り、その日暮らしのピカレスク的生活、80年のマリエル港からの脱出、合州国への亡命、エイズ感染といった47年のその波乱に満ちた生涯については自叙伝『夜になる前に』(邦訳、国書刊行会)に詳しい。(p318)

  ガルシア・マルケスの勢いを借りて、今まで何度かチャレンジしたこの小説を読んでみたのだが、むずかしい。斧を振り回すおじいちゃんや、いじわるなおばあちゃん、いじわるだったり優しかったりする「かあちゃん」、木という木に詩を書くセレスティーノ、そして僕。それが特に何の順序もなく、詩のような言葉の連なりが繰り返される。動物や虫や「一月」が話をし、僕やセレスティーノは空を飛び、じいさんもばあさんも母親も僕もセレスティーノも何度も死ぬ。途中でこれは読み通せないと思い、それでも何とか読んだのだが、あとで気づくと、読み継ぐたびに読み終わった場所をはじめて読むように読んでいた。まるで読んでない。ページの上っ面をなぞっているようだった。正直言って今の私では読みこなすことはできない。今後も読めるのかどうかは分からない。

  そのときママは地面にかがみ込み、ぼくと二人でマリーゴールドを抜きはじめ、両手で持てないくらいになると、マリーゴールドの山を作った。その山があんまり大きかったので空に届いて、そこに穴を開けていった・・・・・・

「セレスティーノ!セレスティーノ!タイランチョウのヒナ、もう死んでる!・・・・・・」

  そしてその穴から僕のかあちゃんは姿を消した。ぼくはかあちゃんを呼んだ。でも穴は再びしまった。そしてぼくひとりになった。マリーゴールド一色の野原の真ん中で。あんまりいいにおいだったので鼻を閉じたり開けたりして遊び、そのにおいがおいしいものだと気づいた。どんなに読んでもぼくのかあちゃんは現われなかった。石の下まで調べたけど、見つけたのはサソリの群れだけで、「ここにはいない」「ここにはいない」と言われた。結局あきらめて家に向かった。そして帰り道、死んだタイランチョウのおそなえにするためにマリーゴールドをつみに山に行ったことを思いだした。でも振り返ると、目に入ったのはぼくのかあちゃんだけで、鞭を手に、ぼくのいるところまで走ってきて、こう言った。
「水をくみに行くか、今日は家に入らないか!あのごくつぶしのセレスティーノが来てからは、お前はいつもあの子といっしょにいて、バケツの水一杯、運んでこない!ああ、でももう遊びはおしまい。水を運ぶか、家で寝ないか!聞こえた!?」(p86)

  こう言った部分の中から現実と非現実を選り分けて読んでいくべきなのだろうか。そういう読みをすればもっと深く読めたのかもしれないが、そうではないように思った。逆に現実とか非現実という区分じたいが間違っているのではないか。解説の引用にあるようにこの小説は自我が確立する前の十歳くらいの男の子の語りで成り立つ。つまり、幼児の世界とはこの小説のようなものではないのか。時間の前後や、空間的な距離、歴史、などなど、大人の論理の基盤となるものが存在しなければ、きっとこのような語り口になっていくのだろう。ことばだけがどんどんふくらんでいき、それが統御されずに並んでいる世界。いまの私にはほとんどわからないとしても、こういうイメージによって自分が生きていたということをこういう本が教えてくれる。わけが分からない、と否定するべきではないのだ。
  とは言いつつも中原昌也のほうがずうっとわかりやすかったことも事実であった。
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2007年05月24日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | | Top↑ |
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