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『私たちは、どうつながっているのか ネットワークの科学を応用する』増田直紀  著者略歴によれば、複雑ネットワークと脳の理論を研究している、ということである。書店で手に取り、人間関係を科学的に分析する、というアプローチが面白そうだったので衝動買いした。ざっと読んだ限りでは、普段私が人間関係について考えていることが、テクニカルタームによって概念化された、というところだろうか。  キーワードは「6次の隔たり」「スモールワールド」「クラスター」「スケールフリー」というあたりか。  6次の隔たりとは、自分と赤の他人がどのくらいの距離でつながっているか、ということの標語的なもの。ある特定の、しかし全く知らない人物に手紙やらメールやらでたどり着くにあたっては100次ほどの次数を介すことなく、6次程度で届きますよ、ということ。  スモールワールドは6次の隔たりで象徴されるように、広いように見える社会もネットワークのレベルで考えると意外と小さいですよ、ということ。  クラスターとはいわばコミュニティ、内輪のことで、ネットワークとしては閉じてしまっているために効率は悪く見えるけど、人間として生きていくうえでは精神的な基盤としても必要だし、また、組織としても代替が効くという意味では危機管理のうえで重要な要素であると言うこと。  スケールフリーとは、ネットワークを抽象化して考えるとしても、多くの人とつながっている人、ほとんどつながっていない人、というふうに極端な差が生じてしまう事実。その中で多くの人とつながっている人、中心人物を「ハブ」と呼ぶ。    著者はこういった概念を説明したうえで、しかし決してビジネス書みたいに「のし上がっていくうえでは「ハブ」を目指さなければいけない。そのためにはどうすればいいか」ということは言わない。まあ、のし上がるためにはたぶんハブにならなくてはいけないんだが、別にそれが唯一のやり方ではないだろう、という。ハブのそばでおいしいところをさらうやり方、そんなにいつも情報情報とがんばらないで静かに生きていく、いろいろあるよ、と言う。それを選び取るためにはむしろネットワークの全体の概念というものをつかまえて、自分のいまの立ち位置、目標とすべき位置を分かっておいた方がいいのに違いない。    「6次の隔たり」を説明する中で、山岸俊男の「信頼の解き放ち理論」について言及している箇所が興味深かった。「アメリカ人は日本人よりも他人を信頼する」。つまりアメリカ人はたぶん日本人よりもオープンでフランクであると一般に言えそうだが、これは被験者を用いた実験でも裏付けられているそうで、アメリカ人は赤の他人に対して一般的信頼を持っている。  赤の他人を信頼する人は、単なるお人よしではない。調査によると、他人を信頼する度合いの高い人は、初対面の人が信頼に足るかどうかを見極めつつ信頼することがわかっている。そのような人の見極め能力は、頭ごなしに他人を信頼しない人よりも高く、この意味で、他人を信頼する人には知性がある。信頼があれば、離れたコミュニティにいる人同士が近道を作り、情報交換を容易に行える。  これに対して、日本人が身近な人を信用することは、一般的信頼ではなく「安心」と定義される。信頼と安心は対極にあり、信用という言葉は曖昧に用いられていて、すべて内容が違うのである。(p62)  と言う現状を見極めつつ「内輪づきあいへの偏向を他人を信頼することによって解き放ち、一般的信頼の成立する社会を目指す」というのが信頼の解き放ち理論ということである。著者はそれを認めたうえで、内輪の必要性も述べているわけだが。  これって結局石川忠司の『孔子の哲学』で言っていた「明けすけな人間」ともつながる話で、私にとってはとても重要なことに思えた。どうしてこういうところに引っかかるかというと、自分があまりにも典型的な日本人であって、なかなか他人を信頼することができない、うち解けられないということを自覚しているからなのだ。  考えてみれば、この本を手に取ったのだって、結局人間関係について常日頃からなんとなーくしっくりいかないことへの解決法を探していたからなのかも知れなかったのである。十代の頃、『人とつき合う法』(河盛好蔵)を買いつつも、こんなもん読んでちゃだめだ、と考えていたこともついでに思い出した。  今さらだけど、知的なフランクなオープンな人になれるよう、多少がんばってます。
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2007年05月12日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | | Top↑ |
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