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『ラカン』フィリップ・ヒル
 一度書店でぱらぱらめくったんだけれども、つまらないイラストやらコラージュやらが貼り付けてあり、よくある哲学の入門書みたいなやつだと思い入手しなかった。しかし『ラカンの精神分析』にほぼ挫折してしまい、『ラカンの・・・』の著者が訳していること、Amazonでは斎藤環の本より良い、みたいな評価だったのでとりあえず読んでみた。まあ、こんなもんだろう、という感想。濃密さでは『ラカンの・・・』には当然かなわない。文章は易しいが、イラストがうっとうしい。不要だと思うよ、ラカンとかフロイトの顔は。ただ、キーワードを主体に書かれた本なので、ラカンの概要を知るにはある程度便利だと思った。いずれにせよ、ラカンはむずかしい。そしてフロイトをきちんと知らないといけない。フロイトについては体系的に読んだことがない、という重大な弱点がある私。ただ、以前の梅田望夫氏の言葉のように水を飲みたいように本を読んでいる私としてはフロイトまで行っちゃうとちょっと疲れちゃうなあ、という気もしています。
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2007年03月18日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | | Top↑ |
『ラカンの精神分析』新宮一成
 この間読んだ『生き延びるためのラカン』、そして『極太!!!思想家列伝』の流れから、ラカンについてある程度もう少し勉強したいと思い、この本を読んでみた。というか、この本にチャレンジするのは通算三度目。最初は数ページで挫折。二回目はたぶん去年読んでみた。最後まで読んだ形跡がある。しかし全く分からなかった。そして今回。これまた最後までボールペンで読んだ足跡を付けておいたが、最後の方はかなり適当に読み飛ばした。だけどAmazonではかなりわかりやすい、と高評価なんですよね。
 ただ、三度目にしてある程度分かってきたことがある。それはラカンは思想家、というよりは精神分析家なんだ、ということ。あたりまえですが。しかしこれはおそらく読む方の構え方として思想家だと思って読むとだめだ、ということがある。思想の本だと、どんなにもったいぶった言い方だとしても、また、論理がぐちゃぐちゃだったとしても、まず自分の思考のかたちを何らかの体系に沿ったかたちで本にしてある。ラカンは違って、実際の精神分析の症例を基に自らの考え方を提示する。そしてその考え方をまた症例により発展、補強する、というスタイルをとっている。したがって、この本においても症例をまさしく「例」として捉えるのではなく、むしろ症例が考え方そのものだ、という読み方をしないと、大事なことを読み飛ばしてしまう。虚心坦懐に読めばすらすら理解できるのかもしれないが、何かしら先入観を持った読み方はまずい、ということを三度目にして分かった。ラカンの入門書なのだから、むしろそのエッセンスを先にピックアップしてもらい、それを症例にあてていくというスタイルの方が私は好きなんだけども、たぶんこの本の形の方がラカンに近づくには正しいのだろう。つまり腑分けされたラカンでなく、生きているラカンに近いんだろうなあ。
 長々と書きましたが、そういうことでラカンに寄り添って読んでみたけど、うまく言葉にできないです。というか、ラカンの思想は「言葉」がポイントだと言うことですけどね。引き続き『ラカン』(フィリップ・ヒル)を読んでみます。
2007年03月18日 | Comment:0 | TrackBack:0 | | | Top↑ |
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