『松ヶ根乱射事件』を見る

『松ヶ根乱射事件』山下敦弘監督
 一応、若干ネタバレです、と書いておく。

 当然はげしいバイオレンス映画ではないか、と思って、見る。
 それらしい事件は起きる。
 いなかの都市。
 殺人を犯して逃げてきたと思われる男女。
 それに巻き込まれる双子の弟。
 閉ざされた関係の中でのぐずぐずの性愛。
 こちらには双子の兄で、警察官。
 閉塞感が溜まっていく。
 たぶん誰かが爆発するんだなあ、とどこかでわくわくしながら見る。
 警察官の兄は精神的に追い詰められていく。
 乱射事件なんだから、警察官の持っている拳銃が乱射されるのにちがいない。
 そして、乱射事件。
 警察官の兄が突然交番の外に出ると、拳銃を空や周囲(誰もいない)に向かってぶっ放す。
 そして、同僚の警官に「もう、だいじょうぶっすから」と言ってまた交番に戻る。
 以上。 
 このオチのためにこの映画が撮られたのだ、とやっと気づく。
 がっかりなんかしなかった。
 人生ってたぶんこんなものである。
 さしあたり、事件はこの程度が関の山に過ぎない。
 リアルすぎる。
 今ひとつすっきりしない気分をすかっとさせよう、と思ってみたつもりだったが、夢にまで出てくる閉塞感。
 すっきりはしないけど、納得はする映画。
 
松ヶ根乱射事件松ヶ根乱射事件
(2007/08/22)
新井浩文

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『シェイクスピアのたくらみ』を読む

『シェイクスピアのたくらみ』喜志哲雄(岩波新書)
 シェイクスピアをきちんと読んだりしたことはないように思う。
『ハムレット』は読んだような気もするが、『ロミオとジュリエット』や『マクベス』といった有名どころはたぶん読んでいないし、芝居も見ていない。
 教養として知っておかなければいかんのう、と思いつつ、教養のために本を読むのもめんどくさくてそのまま来てしまった。
 この本はシェイクスピアの戯曲が、現代の世間一般で捉えられているようなものではなくて、もっと深い、あるいは別のアプローチで書かれたものだ、ということを解説している。
 だが、私はシェイクスピアの戯曲自体をきちんと知らないので、結果的にこの本は各作品の概説をしてくれるという意味で有用な本ということになった。
 いまさらながら『マクベス』は読んでみることにしよう。
シェイクスピアのたくらみ (岩波新書 新赤版 1116)シェイクスピアのたくらみ (岩波新書 新赤版 1116)
(2008/02)
喜志 哲雄

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『海に住む少女』を読んだ

『海に住む少女』シュペルヴィエル(光文社古典新訳文庫)
 シュペルヴィエルの名前を知ったのは大岡信と谷川俊太郎の『対談現代詩入門』(思潮社)の中で、若い頃の両詩人が影響を受けた、というのを読んだからだった。
 詩集を手に入れようと思ったのだけれど、絶版で、古本もとても高いから読めないと思っていたが、この短編小説集が新訳文庫で出たので読むことにした。
 訳者が「苦しまぎれに「フランス版宮沢賢治」という言葉を使ったことがある」とあとがきで記しているが、たしかに宮沢賢治に通じるものがある。
 動物が擬人的に書かれる手法、宇宙的、幻想的、宗教的な感覚。
『飼葉桶を囲む牛とロバ』は、イエス誕生の際のエピソード。イエスを守り続けて、そのまま死んでしまう牛の悲しくて美しい話。この一篇だけでも読んだ甲斐があった。

 小説を引用しづらいので、あとがきに載っていた『動き』という詩を引用しておく。
 だいたいこんな感じの小説です。
 詩集を図書館で借りようかな。


動き

ふりかえった馬は これまで
誰も見たことのないものを見た
そして、再び草を食べ始めた
ユーカリの木のしたで

それは人でも樹木でもなく
牝馬でもない
木の葉をゆらしていた風の
なごりでもない

それは 二万世紀も前に
別の馬が見たもの
今日と同じこの時刻に
とつぜん振り向いて目にしたもの

人も馬も 魚も虫も このさき誰も
この大地がいつの日か
腕もない 足もない 頭もない
彫像の残骸に成り果てるそのときまで
もう二度と見ることのないもの


海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)海に住む少女 (光文社古典新訳文庫)
(2006/10/12)
シュペルヴィエル

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本の備忘録

『不可能性の時代』大澤真幸(岩波新書)『衆生の倫理』石川忠司(ちくま新書)
『不可能性の時代』を読んだ。
 コンパクトな新書なのだが、情報量が圧倒的で参りました。
 今回は、読んだ、と言うことだけ書いておきます。
 示唆されることが多すぎる。
 読み終わってはみたがまだきちんと理解していない、石川忠司『衆生の倫理』(ちくま新書)と同じように、今のじぶんが置かれている閉塞的な状況を打開するヒントがたくさん含まれているように思える。
 閉塞的な状況なのか、閉塞的な状況だとして、それは打開されるべきものなのか、ということも含めて。
 もう少しじっくり考えてから文章にしてみますね。
不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 (1122))不可能性の時代 (岩波新書 新赤版 (1122))
(2008/04)
大沢 真幸

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衆生の倫理 (ちくま新書 716)衆生の倫理 (ちくま新書 716)
(2008/04)
石川 忠司

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『虎の尾を踏む男達』を見た

『虎の尾を踏む男達』黒澤明監督
 だいたい私は『勧進帳』をきちんと知らない。
 きちんと知るタイミングを逸してここまで来てしまった。
 私は『ドカベン』で思春期を過ごしたが、山田太郎を擁する明訓高校が初黒星を喫したのが弁慶高校という学校で、武蔵坊一馬や義経光、それに安宅やら富樫やらという脇役的選手が出てくる。
 後に『勧進帳』のさわりを聞くたびに、9回裏に里中のストレートをはじき返した安宅の顔を思い出したものである。
 で、『虎の尾を踏む男達』だが、『勧進帳』を知るのにはきっといちばんよいテキストだろう。
 ここから歌舞伎やら能を知ればよいにちがいない。
 大河内傳次郎の弁慶はかっこいい。だけど、セリフがわからないところがある。私が歌舞伎的な台詞回しを理解できていないのだ。
 何よりかっこいいのは藤田進演ずる富樫の役である。
 緊張感の中にユーモアとか余裕を忘れない男。
 すぐいっぱいいっぱいになる私としては、富樫の上品で、かつ自然な表情を思い返したいものだ。
 榎本健一もいいね。
 だけどエノケンとエノケソについてばかり考えていたりして、じぶんの馬鹿さ加減にがっかりした。
 それにしても、こういった『勧進帳』のような教養が失われてしまっていると、こういう映画は作りづらいだろうねえ。

 
 
虎の尾を踏む男達<普及版>虎の尾を踏む男達<普及版>
(2007/11/09)
服部正; 大河内傳次郎; 藤田進; 河野秋武; 森雅之; 志村喬; 小杉義男; 横尾泥海男; 岩井半四郎

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